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東京高等裁判所 昭和41年(ネ)1639号 判決

一五五六号事件

控訴人兼一六三九号事件被控訴人(第一審原告という)

旧姓楢原こと

三善実恵

代理人

久保田畯

一五五六号事

件被控訴人兼一六三九号事件控訴人(第一審被告という)

落合浩三

外五名

代理人

村上直

主文

一、原判決を取り消す。

二、第一審原告と第一審被告楢原繁雄、楢原照夫、金子きん、三田美代子、落合久子の五名との間において、(イ)別紙第二目録に記載の建物が被相続人亡楢原唯一の相続財産であること、(ロ)第一審原告が右建物につき三分の一の共有持分(相続分)を有すること、(ハ)東京家庭裁判所昭和三八年(家)第五、一六一号、第五、四七三号、第五、四七四号遺言書検認事件の対象である遺言者亡楢原唯一作成名義の昭和三八年四月一五日付遺言書二通(別紙第一および第二遺言書参照)、同年同月二六日付遺言書一通(別紙第三遺言書参照)が真正に成立したものであることを、それぞれ確認する。

三、第一審被告繁雄は第一審原告に対し別紙第二目録に記載の建物につき三分の一の共有持分(相続分)の移転登記手続をせよ。

四、第一審原告が第一審被告落合浩三との間において、第二項の(ハ)に記載の遺言書三通が真正に成立したものであることの確認を求める訴を却下する。

五、第一審原告のその余の請求(当審における新たな請求を含む)を、いずれも棄却する。

六、訴訟費用は、第一、二審を通じて、(1)第一審原告と第一審被告落合浩三との間においては、全部第一審原告の負担とし、(2)第一審原告と第一審被告落合浩三を除くその他の五名の第一審被告らとの間においては、これを五分し、その四を第一審原告の、その余を右五名の第一審被告らの負担とする。

事実《省略》

理由

《前略》

三第一審原告は、本件第一建物に関する前記請求の全部の理由がないとしても、亡楢原唯一の遺言にもとづき本件第三建物の所有権全部を取得したと主張するので、これを審案する。

楢原唯一が昭和三八年四月一五日付の遺言書で「本件第二建物を第一審被告繁雄、照夫に、本件第一建物を第一審原告に相続せしめる」(別紙、第一遺言書)、同日付遺言書で「本件第一建物を第一審被告浩三より取戻し解決することができない場合は本件第二建物を第一審原告に相続せしめる」(別紙、第二遺言書)、同年同月二六日付遺言書で「前に本件第二建物を第一審被告繁雄、照夫に相続せしめるとしたのを、同繁雄、照夫、きん、房子の四名に相続せしめる」(別紙、第三遺言書)旨の遺言をしていることは前に説示したとおりである。すなわち、右の各遺言によると、唯一は本件第二建物を当初第一審被告繁雄、照夫に相続せしめるとし、後にこれを右繁雄ら四名に相続せしめるものと改め、また本件第一建物を第一審原告に相続せしめるものとしたが、他方、第一審被告浩三より本件第一建物を取り戻し解決することができない場合には、本件第二建物を第一審原告に相続せしめるものと指示したのである。しかるに、前示のとおり本件第一建物の所有権はすでに第一審被告浩三に移転しており、本件口頭弁論の全趣旨に徴しこれを任意に取り戻し解決することができない状態にあると認められるから、「本件第二建物を第一審原告に相続せしめる」との遺言がその効力を生じたものというべく、したがつて右遺言の趣旨をいかに解すべきかが考察されねばならない。

よつて案ずるに、被相続人が自己の所有に属する特定の財産を特定の共同相続人に取得させる旨の指示を遺言でした場合に、これを相続分の指定、遺産分割方法の指定もしくは遺贈のいずれとみるべきかは、被相続人の意思解釈の問題にほかならないが、被相続人において右の財産を相続財産の範囲から除外し、右特定の相続人が相続を承認すると否とにかかわりなく(たとえばその相続人が相続を放棄したとしても)、その相続人に取得させようとするなど特別な事情がある場合は格別、一般には遺産分割に際し特定の相続人に特定の財産を取得させるべきことを指示する遺産分割方法の指定であり、もしその特定の財産が特定の相続人の法定相続分の割合を超える場合には相続分の指定を伴なう遺産分割方法を定めたものであると解するのが相当である。これを本件についてみるに、唯一が本件第二建物を相続財産の範囲から除外し、第一審原告が相続を承認すると否とにかかわりなく、同人に取得させようとする意思を有していたなどという特別な事情の存在を認めうる証拠はなく、かえつて本件第二建物を第一審原告に「相続せしめる」と指示しているところからみると、唯一の意思は遺産分割にあたり、本件第一建物を遺産の範囲から除外するほかない場合の処置として、第一審原告に本件第二建物の所有権を取得させるべきことを指示する遺産分割方法の指定をしたものというべきである。なお、右遺産分割方法の指定が相続分の指定を伴なうか否かが問題となる余地があるが、右の点は本件における直接の審理の対象ではなく、これを確定する必要もないので、これを判断しない。

唯一の遺言の趣旨が右のとおりであるとすれば、同人の遺産を相続した共同相続人の間で遺産分割の協議または調停をするに際しては、右遺言の趣旨をできるだけ尊重すべく、遺産分割が審判によつて行なわれるときは右遺言の趣旨に従わねばならぬのはもとよりであり、その結果第一審原告が本件第二建物の所有権を取得する旨の遺産分割が成立した場合には、同人は相続開始の時にさかのぼり右所有権取得の効果を付与されることになる。しかしながら、それがいかなる方法によつてなされるにせよ、右遺産分割が成立するにいたるまでは、第一審原告は単に唯一の相続財産たる本件建物につき同人の死亡当時の配偶者として民法の定めるところによつて三分の一の共有持分(法定相続分)を有するにとどまり、ただ将来財産分割によつて右建物の所有権を取得しうる地位を有するけれども、未だ遺産分割のなされていない今日にあつては右建物につき確定的な所有権を有するものではない。してみると、唯一の遺言によつて直ちに本件第二建物の確定的な所有権を取得したことを前提とする第一審原告の第一審被告繁雄ら五名に対する請求は、その余の点につき判断するまでもなく、すべてその理由なしとしなければならない。

四次に第一審原告は、前記請求の一部が理由がないとき、すなわち本件第二建物につき第一審原告が三分の一の共有持分(相続分)を有するにすぎない場合であることを前提として、(1)第一審原告と第一審被告繁雄ら五名との間において、本件第二建物が被相続人亡楢原唯一の相続財産であること、ならびに第一審原告が右建物につき三分の一の共有持分(相続分)を有することの確認、(2)第一審被告繁雄が第一審原告に対し右建物につき三分の一の共有持分(相続分)の移転登記手続をなすべきこと、(3)第一審被告繁雄が第一審原告に対し昭和三八年五月二日より遺産分割にいたるまでの損害金の支払いをなすべきことを求めるので、これを審案する。

1  本件第二建物が楢原唯一の生存中は同人の所有に属していたものであり、その死亡によつて相続財産となつたものであること、第一審原告が唯一の死亡当時の妻として相続人たる地位にあること、唯一の遺産につき未だ分割の成立しない今日の段階においては、第一審原告は唯一の相続財産たる本件第二建物につき三分の一の共有持分(相続分)を有するにとどまること前示のとおりであるところ、第一審被告繁雄ら五名が右の事実を争つていることは弁論の全趣旨によつて明らかであるため、第一審原告は第一審被告繁雄ら五名との間に右の二点につき確認の利益を有するものということができる。

2  〈証拠〉によると、本件第二建物につき昭和三八年五月一六日東京法務局杉並出張所受付第一二、五九八号をもつて第一審被告繁雄名義の所有権保存登記がなされていることが認められるが、前段で説示したとおり第一審原告は右建物につき三分の一の共有持分(法定相続分)を有するのであるから、右登記を実体に符合させるため、第一審被告繁雄に対し右建物につき三分の一の共有持分(相続分)の移転登記手続を求めることができる。

3  第一審原告はさらに、第一審被告繁雄において本件第二建物のうち自己の共有持分(相続分)三分の一の割合に相当する部分を不法に使用収益し、これを侵害しているとして、相続開始時から遺産分割時まで賃料相当額の三分の一にあたる月額三万四、二三三円の割合による損害金の支払いを請求する。思うに相続が開始し数人の共同相続人があるときは、相続財産はそれら相続人の共有に属し、各自の相続分に応じて右財産上の権利を承継するのであるが、この場合における各相続人の相続財産に対する相続分(共有持分)は、通常の確定的な権利とはその意義を異にし、後に行なわれる遺産分割の結果、共同相続人中の何びとがどの程度の割合で具体的な相続財産を取得するか不明であり、その意味において権利性は極めて浮動的潜在的であり、しかもそれが現実に分割された場合における所有権帰属の効果は相続開始時にまで遡及するものとされている。共同相続人が相続財産に対して有する相続分の性格が右のようなものであることを考えると、共同相続人中の一人が相続開始前より引き続き相続財産に属する建物の全部を使用収益しているとしても、それによつて直ちに相続開始時より遺産分割時までの間使用収益しない相続人の右建物に対してもつ相続分(共有持分権)を故なく侵害し不法行為を構成するものと解することはできず、その間における建物の使用収益に関しては共同相続財産の管理として、民法、家事審判法、家事審判規則などの関係法令の定めるところにしたがつて処理すべきである。したがつて、たとえば単純承認後、遺産分割申立までの間に右建物を直接使用収益していない相続人が自己の相続分の範囲内で使用収益することを求めるときは、全相続人の相続分率にしたがい過半数をもつてその是非を定めることができ(民法第二五二条参照)、また遺産分割の審判申立後、家庭裁判所の選任した遺産管理人は相当であると認めれば前記相続人が右建物の使用収益を許容しうる旨を定めることができるのであるが(家事審判規則第一〇六条第一項参照)、右の定めがなされたにもかかわらず、現に使用収益する相続人の一人が使用収益を許容された他の相続人の使用収益を故なく妨害するときは不法行為を構成するものというべく、また遺産分割に際しては相続開始時より遺産分割時までの使用収益によつて得た利益は分割の対象たる積極財産の一種として評価し清算されるべきであり、さらに最終的遺産分割までに右利益の帰属に関して特段の定めがなされなかつたときは、遺産分割によつて右建物につき確定的にして遡及的効果を伴なう所有権を取得した相続人が相続開始時より遺産分割成立の前後にいたるまで右建物を使用収益した相続人に対し、不当利得の返還もしくは不法行為による損害賠償を請求することが可能である。してみると、いまだ遺産分割がなされておらず、しかも第一審原告が本件第二建物をその相続分(共有持分権)の範囲内で使用収益することを許容されたことにつき何らの主張、立証のない本件にあつては、第一審原告の右請求は失当たるを免がれない。

《後略》(多田貞治 上野正秋 岡垣学)

別紙《省略》

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